ネコたちとの日々
 休日だったので、三十一歳女性が朝から動物病院に行った。今回は初音とセツ氏の二匹を連れていった。ワクチンを打つらしい。
置いてきぼりのネコは鳴く
 残されたのは私と影千代である。私はむろん連れていかれないが(人間なので)、なぜ影千代を連れていかないのか?

「こないだ一匹でやってもらったからね」と三十一歳女性は言った。そして初音とセツ氏をカゴに詰め、シャーッと自転車で走っていった。

 さて、ネコというのは、このような状況になると途端に慌てはじめる。自分だけが見捨てられたと感じるのか、それとも単に仲間二匹がいなくなって不安なのか、ニャーニャー鳴きはじめるのである。

「あれは動物病院にいっただけで、二時間もすれば帰ってくるのだ」

 私は言語を操る人間という生き物であるから、冷静にそう思えるが、むろん影千代には通じない。私を見つめながら、悲痛な叫び声をあげる。「もう、僕たちしかいないんだ」という顔である。「地球に残された最後の二人なんだ」という顔。

 絶望した影千代は居間をうろうろし、ニャーニャー鳴き、唐草模様の名称不明のネコグッズにバシバシと八つあたりし、その中に入り、内部でジッタンバッタンと動き、穴から顔を出し、ふたたび「ニャー!」と私の顔を見る。

 半泣きである。

「だから、動物病院に行っただけで、そのうち帰ってくるから!」

 そう言っても何の効果もないので、私は、ひたすら影千代の機嫌をとることとなる。あごを撫で、耳の裏を撫で、腹を撫で、あげくのはてに「ふぃふぃ~、よしよしよ~し」的な、リラックス効果のありそうな声まで出す。言語を操る人間だというのに、まったくもってぶざまな姿である。

 しばらく頑張ると、影千代はようやく落ち着いたのか、私の股に顔をうずめ、眠りはじめる。それを起こさないように、すこしずつ身体をずらし、自分の股を影千代からはなすと、私は小部屋に戻る。

「世界が滅んだわけでもないのに…」

 眠る影千代を遠目に見ながら、そんなことを思う。

 二時間後、三十一歳女性が二匹を連れて帰ってくる。

 玄関の開くガラガラッという音で、影千代はすぐさま飛び起きて、大興奮で踊るように仲間たちのところに突進していく。私もついていく。

「ちーちゃん、さみしかったの?」

 そう言う三十一歳女性のまわりをグルグル回り、それから私のほうを見て、嬉しそうに「ニャニャー!」と鳴く。「僕たち以外にも生き残りがいたんだ!」みたいな顔で。

 いや、知ってる。私は言語を操る人間という生き物なんで。